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札幌高等裁判所 昭和35年(う)214号 判決 1960年9月07日

被告人 清原正夫こと韓吉洙

主文

本件控訴を棄却する。

理由

原審第一回公判において、検察官が、「被告人は大韓民国に国籍を有する外国人であるところ、昭和三二年二月中旬頃本邦に入り、川崎市、紋別市等に居住していたものであるが、その上陸の日から六〇日以内に居住地市町村長に対し外国人登録証明書の交付を申請しなかつたものである。(原審第四回公判において末尾を「申請しないで本邦に在留したものである。」と訂正)」という本件外国人登録法違反の公訴事実のうち、「昭和三二年二月中旬頃本邦に入り」とあるのを「昭和三二年六月頃本邦に入り」と訂正する、又は訴因を右のように変更したいと述べたのに対し、原裁判所が公訴事実の同一性を害するとして右起訴状の訂正及び訴因の変更を許さず、前記公訴事実につき無罪の言渡をしたことは、本件記録に徴し、所論のとおりである。

また、検察官が、原審第三回公判において、前記不許可の決定に対し、(一)前記の訂正は、全く日時の問題であるから、起訴状の訂正で足りると考える。(二)本件犯罪は継続犯であり、本件公訴事実は、被告人が昭和三二年二月中旬頃本邦に入り、引き続き今日まで本邦に在留していながら、その間一度も外国人登録の申請をしなかつたもので、しかも逋捕当時紋別市に居住していた旨を主張しているものであるところ、偶々被告人の上陸の時期が昭和三二年二月ではなく同年六月頃であつたことが起訴後判明したので、その旨前記訂正ないし変更の申立をしたのである。従つて、右訂正又は変更は、いわば訴因を縮小したものに過ぎないから、公訴事実の同一性を害しない。(三)本件起訴当時被告人は、昭和三二年二月頃呉港に入港して上陸し、今日まで引き続き本邦に在留していた旨自供していたのであるが、その後の取調の結果、被告人はその頃呉港に入港した事実はあるが、そのときは一旦帰国して、その後同年五、六月頃再度本邦に入り、以後引き続き今日まで本邦に在留していたことが判明したもので、被告人が右二月頃呉港に入港して一旦帰国するまでの間に紋別市に居住したことがないことは証拠上明白である、旨主張して異議を述べたことも、本件記録により明らかである。

論旨は、本件起訴の趣旨は、検察官が原審で釈明しているように、被告人が本邦に上陸以来一度も外国人登録申請の手続をとらずに、今日まで不法にその在留を続けているという一個の継続犯にかかる事実を起訴しているのであつて、原判決のいうように、昭和三二年二月一一日本邦に上陸し、同年三月一六日に帰国したその間の事実を起訴したものではないと主張するのである。

よつて考えるに、本件の外国人登録法違反(同法第一八条第一項第一号、第三条第一項)は、所定の外国人登録の申請をしないで上陸の日から六〇日の期間をこえて本邦に在留することを構成要件とするのであるから、所論のように本邦在留自体が罪となるのであつて継続犯であると解されるとしても、その在留が本来不法なものであることを要件としていないのであつて、その犯罪の本質はあくまでも登録申請義務の違反にあると解されるから、その基本となる義務に異同があれば、その違反を内容とする犯罪もまた別個のものとなるといわなければならない。本件起訴状に記載された前記公訴事実は、被告人の登録申請が何日までにどこの市町村の長に対してなさるべきものであつたかを特定していない点においてその訴因の明示が不完全であるけれども、要するに、被告人が昭和三二年二月中旬頃本邦に入つたことを原因とする外国人登録の申請義務に違反した点を訴因としたものであることが明らかである。ところで、本件記録によると、被告人は昭和三二年二月一〇日韓国船大竜号に乗り呉港に入港して翌日頃上陸し、その頃数日間寄港地上陸をしたほか約二週間川崎市に滞在したが、同年三月一六日同船で同港を出港して韓国に帰つたこと、同年五月一〇日韓国船大用号に乗つて再び呉港に入港して同日頃上陸し、当時若干の日数の間寄港地上陸により呉市附近に滞在していたが、最終の上陸許可の期限である同年六月二日午前一〇時を経過して本邦に残留し、川崎市、紋別市等に居住し、本件で逮捕されるまで引き続き本邦に在留していたことが認められる。右の事実に照らすと、検察官が前記起訴状の訂正ないし訴因の変更をした上で処罰を求めようとしているのは、被告人が昭和三二年五月一〇日頃(寄港地上陸許可期限経過を基準とすれば同年六月二日)本邦に入つたことを原因とする登録申請義務の違反であるのに対し、前記訴因は、被告人が同年二月一一日頃上陸して本邦に入つた事実に照応するもの、すなわちこの入国を原因とする登録申請義務の違反を起訴したものと解するのが相当であり、たとえその訴因中に被告人が当該入国に引き続き紋別市に居住していた旨記載されていても、その記載は誤まつた主張であつたに過ぎないと解するほかはない。そうしてみると、前記訴因中の「二月中旬」を「六月頃」と訂正ないし変更することは、所論のように日時を誤認していたことが判明したことによる単なる訂正とは認めることができず、基本的事実たる登録申請義務に異同をきたすものであるから、公訴事実の同一性を害し、かかる起訴状の訂正ないし訴因の変更は許されないものといわなければならない。所論は、起訴状記載の公訴事実の合理的解釈により、本件起訴は本来被告人の起訴当時まで引き続く本邦在留の事実にかかるものと認めるべきであると主張するのであるが、この主張及び原審における検察官の釈明を考慮に入れて検討してみても、前記公訴事実の記載自体及び本件における基本的事実関係を対照して考察するときは、前述のとおり解するほかはないのであつて、所論は採用し難い。

従つて、以上と同一の見解に出た原裁判所の前記措置は相当であつて、その訴訟手続には何ら法令の違反がない。また、原裁判所が前記公訴事実につき無罪の言渡をしていることは明らかであるから、原裁判所が審判の請求を受けた事件について判決をせず、審判の請求を受けない事件について判決をした違法は存しない。論旨は理由がない。

(裁判官 中村義正 小野慶二 輪湖公寛)

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